がん疼痛治療とこころのケア
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がん疼痛治療とこころのケア2023.07.01
緩和ケア病棟では、入院を希望される患者さんやご家族に、入院相談の面談を行っています。その時に、入院したら、こんなことをしてほしいという希望はありますか、とお聞きすると、ほとんどの患者さんやご家族は、「痛みだけは取ってほしい」と言われます。患者さんやご家族の痛みに対する恐怖感は、たいへん大きいです。今回は、『がん疼痛治療とこころのケア』と題して、コラムをお届けします。がん疼痛の薬物療法のお話をしながら、それに関連するこころのことも考えてみたいと思います。
痛みを我慢しないで
がんの痛みは、ロキソプロフェンやアセトアミノフェンなどの通常の鎮痛薬とモルヒネなどの医療用麻薬(注1)を上手に組み合わせること(WHO方式がん疼痛治療法)により、かなり緩和されるというのが私の実感です。厚生労働省による「医療用麻薬によるがん疼痛緩和の基本方針」によると、WHO方式では、70~90%の患者さんで効果的に痛みの軽減が得られることが明らかになっているとのことです。故に、がんの痛みを我慢せず、主治医やスタッフに積極的に相談して下さい。あなたがかかっている病院に緩和ケア医や緩和ケアチームがあれば、それらの痛みの専門家に相談してみて下さい。
痛みとこころは連動している
しかし、治療に様々な工夫が必要な痛みもあります。例えば、不安やうつ傾向が強い患者さんの痛みは、薬剤の効果が今ひとつという印象です。患者さんの精神状態によって、痛みの感じ方はかなり左右されます。鎮痛薬に、不安やうつを和らげる薬剤を組み合わせたり、じっくりとお話を聴かせて頂くという心理療法的関りによって、痛みが和らぐこともしばしばあります。
また、薬物療法により痛みが取れたあとに、死に関する不安が出てきたり、うつ状態に陥る患者さんが時折おられます(注2)。私もそのような患者さんを、何人か診させて頂いたことがあります(文献1)。静岡県立総合病院 緩和医療科の岸本寛史部長(心理療法家でもあります)は、著書(文献2)の中で、上記のような患者さんについて、「痛みはその患者にとって、死のことを遠ざけてくれる守りとしても働いていたと思われる」と言っています。このように、痛みとこころは連動しているのです。
がんの痛みの裏側にある死の不安
このように書くと、痛みを取ることに反対していると誤解される向きもあるかもしれませんが、痛みを取ることに反対しているわけでは決してありません。私が申し上げたいことは、がんの痛みの裏側には、意識する、しない、に関わらず、死に関する不安が存在していると私は考えますので、薬物療法を行うのと同時に、常にこころのケアを念頭に置く必要があるということです。
医療用麻薬とこころ
医療用麻薬は、がん疼痛治療の主役です。痛みが強くなりますと、ロキソプロフェンやアセトアミノフェンだけでは、痛みの軽減が得られなくなります。この段階で、医療用麻薬の使用が検討され、患者さんやご家族にお話します。麻薬、と聞いて驚かれる患者さんやご家族は多いです。薬物乱用に関するテレビのニュースや新聞の記事を思い浮かべる方も少なくないです。麻薬中毒になるのではないか。死を早めてしまうのではないか。強い副作用があるのではないか。使い続けると効かなくなるのではないか。死の間際に使う薬ではないか。そんなに病状は悪いのか。麻薬なんて怖い薬は使いたくない、と拒否される患者さんは決して少なくないです。
私は、医療用麻薬について、患者さんやご家族に、十分ご理解いただき納得して頂いた上で、使っていきたいといつも考えています。ご理解、納得が得られないまま薬を使いますと、患者さんやご家族が「病状や治療がどんどん進んで、気持ちがついていかない」という状況に陥りますし、薬の効果もあまり発揮されないと思います。医療用麻薬を効果的に使用するには、患者さんのご理解がどうしても必要なのです。よって、患者さんやご家族のお気持ちをしっかりと聴かせて頂き対話を重ね、ご理解を頂くようにしています。
がん疼痛治療とこころのケアは車の両輪
医療用麻薬について、更に付け加えたいのですが、飲み薬では鎮痛が難しくなり、医療用麻薬持続皮下注射(注3)が必要になってくる患者さんがおられます。患者さんやご家族に注射の説明をさせて頂くのですが、麻薬の注射と聞いて、そんなに病状が悪いのか、と驚かれ、注射への変更を躊躇されることがあります。この時にも、時間をかけた対話が必要なのです。がん疼痛治療の流れだけをみても、こころのケアの重要性を理解して頂けると思います。
痛みの経験には、こころがある
国際疼痛学会は、2020年に次のような文書を発表しています(文献3)。「痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理的、社会的要因によって様々な程度で影響を受けます。」この文章を私なりに解釈しますと、痛みは生物学的要因だけに影響を受けるのではなく、痛みの経験の中には、こころがある、と言えると思います。
当院でもがんの痛みの相談ができます
当院では、がんの痛みに関するご相談もお受けしています。しかし、当院では、薬剤の処方はしていませんので、主治医の先生と連携しながら、鎮痛の方法を考えていきたいと思います。皆さんの痛みが取れて、こころも穏やかに過ごされることを願っております。
(注1)医療用麻薬:法律で医療用に使用が許可されている麻薬のことです。麻薬施用者免許を受けている医師だけが処方することができます。モルヒネに代表され、オキシコドンやフェンタニルなどがあります。近年、いくつかの新薬が発売されましたので、病院にもよりますが、モルヒネの使用頻度は減少傾向です。飲み薬、注射薬や貼り薬などがありますので、患者さんの病状や痛みの程度により使い分けることができます。医療用麻薬は、ニュースなどで報道されている「乱用薬物」とは全く別物であり、経験のある医師の指示に従って、正しく使用されれば、麻薬中毒になったり依存症になったりすることはありません。
(注2)がんの患者さんではないのですが、治療により腰痛が取れた後に、うつ状態になったり、自殺に関連する症状が出現した患者さんを何人か診させて頂いたことがあります(文献4)。このことがきっかけになり、私は、腰痛の患者さんのこころに注目して、約10年にわたり研究を行っていました。また、大学病院麻酔科のペイン外来で、心療内科診療を担当していました。
(注3)医療用麻薬持続皮下注射:携帯可能な機械を使って、注射器に入った微量の医療用麻薬を持続的に皮下に注入する方法です。プラスチックの針を患者さんの胸部などの皮下に留置し固定します。静脈に針を刺すことなく、医療用麻薬を安全に使用でき、効果的に痛みを和らげることができます。緩和ケア病棟では、しばしば用いられる方法です。
文献
1)吉田勝也:がんの痛みに精神医学の光を、精神科治療学 第26巻8号、星和書店、2011年
2)岸本寛史:緩和ケアという物語-正しい説明という暴力、創元社、2015年
3)国際疼痛学会(INTERNATIONAL ASSOCIATION FOR THE STUDY OF PAIN:IASP)、IASP Announces Revised Definition of Pain、国際疼痛学会ホームページ、2020年
4)吉田勝也、加藤敏:腰痛軽快後の自殺関連症状―うつ病患者を対象にして―、PAIN RESEARCH 第24巻1号、日本疼痛学会、2009年
院長 | 吉田勝也 |
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標榜科 | がん心療内科 |
資格 | 日本緩和医療学会 緩和医療認定医 厚生労働省 精神保健指定医 日本医師会認定 産業医 |
住所 | 神奈川県藤沢市南藤沢17-14 ユニバーサル南藤沢タワー403 |
申込用 メール アドレス |
gan-soudan@kzc.biglobe.ne.jp
電話番号は載せておりません 未掲載の理由はこちら |
連携医療機関 | 湘南藤沢徳洲会病院 藤沢市民病院 |
金曜日 | 13:00〜17:00(各50分〜4枠) |
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土曜日 | 10:00〜15:00(各50分〜4枠) |
金曜日と土曜日が祝日と重なる場合は休診
1回50分という十分な時間をお取りして、心理療法的枠組みの中で、じっくりと相談して頂ける体制を整えています。
その体制を維持するために、すべて自費診療とさせて頂いています。健康保険は使えませんのでご留意ください。