死ぬこと、生きること(第14号)-がん終末期鎮静にまつわるご家族・ご遺族の後悔と罪悪感 |藤沢市のかつや心療内科クリニックは医師によるがん患者さんのこころを専門にした心療内科です

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死ぬこと、生きること(第14号)-がん終末期鎮静にまつわるご家族・ご遺族の後悔と罪悪感

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死ぬこと、生きること(第14号)-がん終末期鎮静にまつわるご家族・ご遺族の後悔と罪悪感2025.09.29

 前回のがん相談コラム『死ぬこと、生きること(第13号)-聖書を読んで、イエス様の御言葉を悟る』を読んで頂けましたか。聖書には「恐れるな」という御言葉に満ちていますが、今日のテーマは、死の恐れです。

 最期が迫り、体と心の苦痛が耐えられないほどになったとき、鎮静が検討されます。患者さんもご家族も、死の恐れが最高潮に達する時です。今回は、『死ぬこと、生きること(第14号)-がん終末期鎮静にまつわるご家族・ご遺族の後悔と罪悪感』と題して、藤沢市にあるかつや心療内科クリニックからがん相談コラムをお届けします。まずは、鎮静の基本的知識を提供させて頂いた上で、ご家族やご遺族の後悔と罪悪感について述べたいと思います。

鎮静とは?

 日本緩和医療学会の鎮静の定義をみてみましょう。鎮静とは、治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を使って、患者さんの意識レベルを低下させる(眠らせる)ことです。また、治療抵抗性の苦痛(refractory symptom)とは、患者さんが利用できる緩和ケアを十分に行っても、患者さんの満足する程度に緩和することができないと考えられる苦痛のことです。

鎮静の現実

 私は、学会の定義にあるように、鎮静を行う前に、患者さんが利用できる緩和ケアを十分に行うことに、私は賛成です。しかし、以下の理由により、この定義は、現実に合っていないと思います。

■利用できる緩和ケアを十分に行い尽くすには、相当の時間がかかり、時間が限られている終末期の患者さんには難しいと思います。

■最期が迫っている患者さんの痛みなどの身体症状は、死の恐れを激しく強めてしまいますので、薬剤により緩和が可能なレベルを遥かに超えていることが多いです。例えば、「全身が痛い」と言われる患者さんは少なくないですが、このような痛みを薬剤で和らげることは、至難の業なのです。報告によりますと、鎮静の実施率が50%を超える病院もあるとのことですが、この現状を物語っていると思います。

■「患者さんの満足する程度に緩和する」という文言がありますが、上記の理由により、終末期において、患者さんの満足のいく緩和は難しいことが多いでしょう。

鎮静の分類

 鎮静は、次の2つに分類されます。

■間欠的鎮静:鎮静薬によって、一定期間(通常は数時間)、意識の低下をもたらしたあとに鎮静薬を中止して、意識の低下しない時間を確保しようとする鎮静です。例えば、夜間に限って行う場合がこれに当たります。

■持続的深い鎮静:中止する時期をあらかじめ定めずに、深い鎮静状態とするように鎮静薬を調節する鎮静です。これは、死亡まで継続することが多いので、死亡まで継続した持続的深い鎮静(Continuous Deep Sedation until Death:CDSD)といいます。CDSDは、多くの問題をはらんでいますので、本コラムでは、CDSDを取り上げます。

持続的深い鎮静(CDSD)は、せん妄に対して行われることが多い

CDSDは、どのような苦痛に対して行われるのでしょうか。海外のある腫瘍専門誌の報告によりますと、CDSDの対象になる症状は、せん妄54%、呼吸困難30%、精神的苦痛19%、痛み17%、嘔吐5%とのことです(症状の重複あり)。これは、海外のデータなのですが、私の経験と矛盾しないです。また、身体症状だけで、CDSDが行われることは、ほとんどありません。身体症状に加えて、精神的苦痛が著しく強くなった時に、患者さんの不安や恐れが最高潮に達するというのが、私の印象です。

 上記の報告では、せん妄がいちばん多いですが、がん終末期の患者さんのせん妄の原因は、多臓器不全や薬剤などです。鎮痛の目的で医療用麻薬を使用したとき、せん妄が起こることがありますが、そのせん妄に対して、鎮静が行われる可能性が少なくないです。薬剤の副作用に対して、鎮静を行わなければならないこともあるわけで、このように考えると、がん終末期の症状緩和は、複雑で、非常に難しいというのが私の実感です。医療用麻薬に関しては、当クリニックのがん相談コラム『がん疼痛治療とこころのケア』をお読み下さい。

 しかし、見逃してはならないのは、不安や恐れといった心理・精神的要因です。これらは、せん妄の大きな危険因子なのです。これは、重要な知識です。もう、これ以上、抗がん剤治療はできないと主治医から言われ、その夜にせん妄状態に陥った患者さんを診させて頂いたことがあります。せん妄に関しては、当クリニックのがん相談コラム『せん妄-がん終末期の精神的混乱』をお読み下さい。

持続的深い鎮静(CDSD)を選択したことに対する後悔と罪悪感

 「あの人が楽に逝けてよかった」と言って下さるご家族やご遺族は、少なくないです。一方で、CDSDには、多くの問題があり、そのことがご家族やご遺族を苦しめることもあるのです。

 その中でも、鎮静薬の副作用の問題は大きいです。鎮静には、主に、ミダゾラム(注射薬)が使用されるのですが、呼吸抑制や循環抑制が起こりやすいのです。呼吸抑制は、呼吸数が減り呼吸が浅くなること、循環抑制とは、血圧が下がることです。その結果として、命を縮める可能性が指摘されています。安楽死とどのように違うのかが常に問題となっており、法律家による議論も行われています。

 次のような報告があります。「CDSDは、命を縮めないというエビデンスはあるが、個々の患者さんをみると、鎮静薬の影響で亡くなったと思われる患者さんも少数ながらいる」と。実際に、CDSDを開始して間もなく患者さんが亡くなられますと、ご家族は、自分が決断した鎮静により、大切なご家族が亡くなってしまったと思い、後悔と罪悪感に苛まれる方がおられます。CDSDは、ご家族にとっては、重た過ぎる決断なのです。

 思い出すままに、ご家族やご遺族のお気持ちを書いてみます。「鎮静して、苦痛を和らげてあげたい。でも、命が縮まるのではないか」、「〇〇が鎮静をどう考えているのかわからない。どうすれば、〇〇にとっていちばんのことなんだろうか」、「〇〇が苦しんでいるのを見るのが辛い。でも、鎮静で意識がなくなってしまうのはもっと辛い」、「あの時、鎮静を決断できなかったから、○○がすごく苦しんだのだ」と言われ、鎮静を決断できなかった後悔を口にされるご遺族もおられます。

 特に、患者さんの生を終わらせることに同意してしまったという後悔や罪悪感は、なかなか拭うことができないのです。鎮静を決断したご家族の中には、自分が意思決定をした責任の重さに押し潰されそうになっている方がおられます。

持続的深い鎮静(CDSD)が始まると話ができなくなる

CDSDは、患者さんが亡くなるまで続くことがたいへん多いです。生命が続いているにも関わらず、会話ができませんので、ご家族は、大きな葛藤を抱えていることがあります。ご家族が、CDSDを決断するとき、たいへんな思いをされますが、CDSDの最中もご家族は常に悩み、気持ちは大きく揺れ動くのです。

 次のように言われるご家族は多いです。「薬をやめたらまた苦しむんでしょうか」、「もう一度目を覚ましてほしい」、「こんなことになって、何か後ろめたいです」、「まだ言いたいことがあったのでは」、「もう一度だけ声を聞きたい」、「〇〇が好きだったペットにもう一度会わせてあげたい」、「本当に楽になっているのだろうか」 CDSDを一旦、中止してほしいと言われるご家族もあります。

持続的深い鎮静(CDSD)に正解は無い

 私は、CDSDにまつわるご家族やご遺族のお気持ちを具にお聞きしています。上記のような後悔や罪悪感を抱かれるのは当然のことと思います。CDSDにはご家族やご遺族を悩ませる問題がたくさんあるのですから。

 私は、皆さんに、お気軽に相談に御出で頂きたいのです。あなたの話が聴かれることにより、少し前進できる日があると思うからです。当院は、がんに特化したこころと療養のよろず相談クリニックです。当院のテーマは、『恐れから解放されて生きる』です。ご予約は、申し込みフォームからお願いします。心よりご来院をお待ちしています。

まとめ:
死ぬこと、生きること(第14号)-がん終末期鎮静にまつわるご家族・ご遺族の後悔と罪悪感|藤沢市のかつや心療内科クリニック(医師によるがんのよろず相談)

■以上、みてきましたように、鎮静について考えるとき、私たち人間は、死に支配され、死を恐れ、死に翻弄されていることを思い知らされます。

■しかし、このような絶望的苦しみの中に、永遠の隔たりを超えて、イエス様が《この世》に御出で下さったのです。「神の子イエス・キリストの福音の初め。」(マルコ1:1) 「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」(ヨハネ福音書1:14) 「言」とは、イエス様のことです。

「最後の敵として、死が滅ぼされます。」(コリント一15:26) 聖書協会共同訳では「死が無力にされます」と翻訳されています。イエス様の十字架の死と復活により、この御言葉が実現しました。死が滅ぼされ、無力にされたのですから、私たちは、もう死を恐れる必要はないのです。

■そして、イエス様は言われるのです。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:20)「世の終わりまで」とは、永遠に、ということです。生きている時も死ぬ時も死んだ後も永遠に共にいて下さる復活のイエス様。

「万軍の主はこの山で祝宴を開き/すべての民に良い肉と古い酒を供される。/それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。/主はこの山で/すべての民の顔を包んでいた布と/すべての国を覆っていた布を滅ぼし/死を永久に滅ぼしてくださる。/主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい/御自分の民の恥を/地上からぬぐい去ってくださる。/これは主が語られたことである。その日には、人は言う。/見よ、この方こそわたしたちの神。/わたしたちは待ち望んでいた。/この方がわたしたちを救ってくださる。/この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。/その救いを祝って喜び踊ろう。主の御手はこの山の上にとどまる。」(イザヤ書25:6-10)

概要 概要

院長 吉田勝也
標榜科 がん心療内科
資格 元日本緩和医療学会
緩和医療認定医
厚生労働省 精神保健指定医
日本医師会認定 産業医
住所 神奈川県藤沢市南藤沢17-14
ユニバーサル南藤沢タワー403
申込用
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アドレス
gan-soudan@kzc.biglobe.ne.jp
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連携医療機関 湘南藤沢徳洲会病院
藤沢市民病院

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その体制を維持するために、すべて自費診療とさせて頂いています。健康保険は使えませんのでご留意ください。

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